登場人物
千堂和樹(21)
大庭詠美(19)
○ 街(夕方)
詠美N『それは去年の冬の思い出。まァいつも通
りといえばいつも通りのことなんだけど……』
雪が積もっている。
曇っている空、遠雷が轟く。
足早だがどことなく笑顔で行き交う人々。
雪ではしゃぐ子供たち。
その合間を掻っ切って走ってくる大庭詠
美(18)、必死の形相だ。
手には買い物袋を抱えている。
詠美N『あたしは今』
千堂(OFF)「詠美―っ!」
振り向く詠美。
詠美「(眉をひそめて)ふみゅ……!」
遠巻きに追いかけてくる千堂和樹(19)
の姿が見える。
こちらも必死の形相だ。
詠美N『大好きな人から』
みるみる内に顔を赤らめる詠美。
詠美「も〜! こないでえーっ!」
詠美N『逃げていた』
速度を緩めぬ二人、必死に走りつづける。
タイトル『この二人、恋してます。』
詠美M『あ、あたし、何してんだろ。べ、別に逃
げる必要なんてないじゃない! だって、和樹
はあたしのこと好きでいてくれて、あたしも和
樹のこと……す…好き!?』
× × ×
遊園地でのキスシーン挿入。
詠美「か、考えとく」
× × ×
詠美M「(嗚咽をもらしながら)ちょ、ちょっと
お! いったい何を考えとくつもりだったの
よお!」
頭に血が昇りすぎてふらふらの詠美。
自ら肌を(悩殺的に)あらわにしていく妄
想が頭の中を走っていく。
それらの全ての詠美、「考えとく」と呟い
ている。
詠美「(目をつむって首を激しく横に振りながら)
いやあーっ!」
その時、工事現場の角材を持った作業員が
誰かに呼ばれて振り返り角材の柄が詠美
の顔面に直撃!
走ってきた勢いでラリアットを喰らった
状態のまま尚も前に飛んで行く。
詠美の涙と鼻血がキラキラと宙に舞う。
詠美「(崩れ落ちながら)……ぱぎゅう」
小刻みに震えながら顔面を押えてのたう
ち回る詠美。
詠美「サイアク〜……」
千堂(OFF)「さっすが、くいーんのブッ飛び方
はハンパじゃねぇな」
鼻を押えながら涙目で声の方を見上げる
詠美。
息を切らしながら手を差し伸べている千
堂。
千堂「エスコートだ、お姫様」
詠美、少し顔を赤らめしかめっ面で千堂の
手を取る。
千堂「おい、血ぃ出てんぞ。血ぃ」
詠美「(視線を鼻先に向けて)え?」
詠美の鼻から血が一本の筋となって流れ
出ている。
詠美「(慌てて)べ、別に変なコト考えてたんじゃ
ないわよ!?」
千堂「(ポケットを探りながら)……考えてたん
だ」
詠美「ち、違っ……!」
その言葉を遮る様にハンカチで詠美の鼻
血を拭う千堂。
千堂「ほら、大丈夫か? 見せてみ」
詠美「ちょっ……!」
詠美の頬に手を添えて更に拭う千堂。
更に顔を赤らめて眉をひそめる詠美。
詠美「い……いい!」
千堂を軽く突き放す詠美。
詠美「あ……」
視線を落とす詠美。
千堂、溜め息ひとつ。
千堂「(しかめっ面でハンカチを渡しながら)で、
何で逃げたわけ?」
詠美「あ、あんたが追いかけてくるからでしょ
お! あんたこそ何で追いかけてくるのよ」
千堂「そりゃ……詠美が逃げるからだろ」
暫しの沈黙。
再び遠雷が轟く。
詠美「(ぎこちなく)そ、それじゃああたしはこれ
で……」
その場を去ろうとする詠美。
千堂「あ。おい……」
その時、足元に買い物袋が落ちている事に
気付く千堂。
千堂「(それを拾い上げながら)何だこりゃ」
詠美、袋を漁る音に気付いて慌てて振り返
りそれを奪い取る。
顔を赤らめ歯を剥き出して千堂を威嚇す
る詠美。
千堂、苦笑いして両手を上げる。
詠美、千堂と視線が合うとその体勢のまま
固まり眉をひそめ嗚咽を漏らす。
眉をひそめて首を傾げる千堂。
詠美「(視線を反らして)し、しちゅー食べる?」
微動打にしない千堂。
千堂(OFF)「え?」
空は更に雲行きが怪しくなっている。
○ 千堂宅・外観(夜)
○ 千堂宅・キッチン
千堂(OFF)「ほら」
詠美の鼻の頭にばんそうこうが貼られる。
詠美「あ、あんがと……」
千堂「(戸棚を漁りながら)ま、これで一通りのモ
ノは揃ったろ」
詠美「(エプロンの紐を結びながら)うん」
千堂「(道具を並べながら)しっかし、詠美ちゃん
様に料理の心があるとはおみそれしやした」
詠美「(腕捲りしながら)ったり前でしょ? ちょ
お一流は何をやってもちょお一流なんだから
あっ!」
千堂「味もか?」
詠美「(自信有り気に紙切れを千堂の目の前に差
し出し)おふせ〜っと」
それには『ちょおオイシイんだからぁリス
ト(仮)』と書かれている。
が、肝心のレシピは手で隠れていて見えな
い。
千堂「お、なになに……」
千堂、その紙を取ろうとするが慌てて引っ
込められてしまう。
詠美「ふふん! ぷろは手の内を明かさないもの
なの。隠し味なんだからあ!」
千堂M「全部隠してどうすんだよ」
詠美「さっ、ぽっちーは向こうでお座り」
千堂「へいへい」
詠美の少し後ろでたたずむ千堂。
詠美、ニンジンと包丁を手に取り危なっか
しく皮を剥きだす。
表情は真剣そのものだ。
その様子をただ眺めている千堂。
詠美の左手の指先が切り傷とばんそうこ
うでいっぱいな事に気付く。
微笑む千堂、台所に戻り鍋に水を入れ始め
る。
詠美「ちょ、ちょっと……」
千堂「とりあえず煮るんだろ?」
詠美「(視線を反らし)……し、したぼくがあたし
にイイトコ見せようったって、にそくさんもん
の得にもならないわよ」
千堂「(コンロに火をつけ)そりゃ俺のセリフだ」
火加減を見る千堂を横目で見る詠美。
少し顔を赤らめ鼻の頭を軽く掻く。
× × ×
ドタバタと慌ただしいキッチン。
楽しげな二人。
だが、手伝おうとする千堂によそよそしい
態度を示す詠美。
少し顔が曇る千堂。
× × ×
詠美(OFF)「できたーっ♪」
いびつな野菜や肉が浮かんでいる鍋が煮
込まれている。
千堂「……何で一度も味見してないの?」
詠美「(声が裏返り)へ?」
千堂「てか、まだ一度も成功したことないんだろ」
詠美「ぎくっ! ば、バカ云わないでよね!!
いっつもかんぺきよ、ぱーふぇくとよ!」
ニタニタと笑む千堂。
詠美「た、食べてみれば分かることよ! この詠
美ちゃん様の妙味を味わいなさい!」
鍋掴みで鍋を持ち上げる詠美。
が、重みでふらついてしまう。
千堂「おい……!」
千堂、詠美の後ろから抱き込むように鍋の
取っ手を掴んで支える。
一気にのぼせ上がる詠美。
詠美「(離れようともがきながら)ちょっ……い
い! 離れなさいよおっ」
千堂「ば、バカ! 動くなって!」
千堂、しっかり支えようと更に身を乗り出
す。
詠美の頬に千堂の頬が触れる。
突然の事に驚く詠美。
詠美「(千堂を肘で跳ね除けながら)い、いやっ…
…!」
勢い良く倒れる千堂。
完全にバランスを崩した詠美の手から鍋
が反転して落ちる。
辺りに飛び散るシチュー。
更にふらつく詠美の手に皿が引っかかっ
て落ち、割れる。
詠美「(青ざめてよろめく)あ……」
千堂「(頭をさすりながら)あつつ……」
視線を詠美の方へ向ける千堂。
下唇を噛みながら俯いている詠美。
キッと千堂を一瞥する。
詠美「だからいいって云ったじゃん! ジャマし
ないでよ!」
眉をひそめる千堂、目を伏せる。
詠美「(哀しげな表情を浮かべて)あ……」
ゆっくりと立ち上がる千堂。
視線を反らし歯を食いしばる詠美。
詠美「(斜に構えて腕を組み)あ〜あ! あんたが
余計なことするからせっかくの料理がだいな
しじゃない!」
詠美を見つめる千堂。
顔を背ける詠美。
詠美「だ、だいたいあんたがいけないんだかん
ね! 別に手伝えってめーれーしてないのに
……」
詠美の手を力強く掴む千堂。
詠美「イタッ……」
少し怯えた表情で千堂の顔を伺う詠美。
千堂「詠美、もしかして、俺のこと……」
詠美「! 違っ……」
見る見る内に悲愴の表情になる詠美。
その時、窓から稲光が差し込み雷鳴が轟く。
暫しの沈黙。
詠美(OFF)「あ、あたし……」
詠美「(視線を背けたまま)も一度、材料買ってく
る」
千堂の手から逃げるように身を退く詠美。
コートを取り、あの紙切れを握り締めて勢
い良く部屋を出て行く。
呆然と立ち尽くす千堂。
再び雷鳴が轟く。
窓の外を見る千堂。
雨が降り始めている。
○ 商店街通り
人影も無く店は殆ど閉まっている。
降りしきる雨の中を疾走する詠美。
既に息は荒くふらついている。
苦悶の表情を浮かべ、息を呑み込む。
詠美M「何してんだろ、あたし……。何で和樹か
ら逃げてるの? だって、和樹はあたしのこと
好きでいてくれて、あたしも……和樹のこと…
…」
詠美「きゃっ……!」
街頭の下で足を滑らせて転ぶ詠美。
苦痛の表情を浮かべながら上体を起こす。
頭は深く項垂れたままだ。
雨が詠美の頬を伝い涙の様に見える。
詠美「(虚ろな瞳で)……わかんない」
その雫は雪に埋もれかけて霜焼けた詠美
の手の甲に落ちてはぜる。
紙切れを雪ごと握り潰す詠美。
その時、詠美の頭上で雨が遮られる。
力なく振り向く詠美。
そこには傘を差し出している千堂の姿が
ある。
詠美「(困惑して)あ……かず……」
千堂「(遮る様に)ほら」
魚の形した小銭入れを掲げる千堂。
千堂「サイフ忘れてるぞ、ば〜か」
微笑みかける千堂。
虚ろ気な詠美、下唇を噛むとそれを払い飛
ばす。
ハッとする千堂。
詠美「もおいいの」
千堂「え?」
詠美「(服の泥や雪を払いながら立ち)まったく、
ムダな時間を過ごしたわ」
千堂「おい、何云って……」
詠美「(遮る様に千堂に指差して)あたしはこみパ
のくいーんよ!? たくさんマンガ描いてい
っぱい本刷ってもぜんぜん足りないんだから
あ!」
勢いに押される千堂。
視線を合わさずに千堂の横を通り過ぎる
詠美。
詠美「……あんなまずいシチューなんか作るんじ
ゃなかった」
千堂「(詠美の腕を掴み)まだ食ってもいないのに
そんなこと分かるワケないだろ!」
詠美「(涙を振り飛ばしながら振り返り)ぜったい
まずかったもん!」
ふと背を見せる千堂。
千堂「読む前から本の価値を決め付けるなんて最
低だと思わないか?」
詠美「!?」
飛ばされた財布を拾う千堂。
千堂「どんなに面白い本でも至らない本でも、読
んでくれた人が自分だけの価値を持ってくれ
る。料理も同じだろ? うまいまずいだけじゃ
ないよ」
詠美「(顔を背けて)うそよ、そんな……」
千堂「なら次はおいしく作りゃあいいじゃん」
千堂、詠美に財布を押し付ける。
千堂「(満面の笑みで)逃げんな詠美、大丈夫だか
ら」
詠美「和樹……」
財布を強く握り締め俯く詠美、じわじわと
涙が溢れてくる。
千堂、フッと笑う。
千堂「(詠美の背中を軽く押し)んじゃま、とりあ
えず行くとしますか」
詠美「え? どこへ……」
千堂「決まってんだろ」
詠美に手袋を投げ渡す千堂。
きょとんとする詠美。
千堂「(ぢまポーズしてニヤリと笑い)買い出し」
× × ×
商店街を疾走する二人。
どこへ行っても店が閉まっているか材料
が既に売り切れている。
尚も諦めぬ千堂。
一軒の八百屋の前に立つ。
千堂「(シャッターを叩きながら)すみませーん!
夜分すみませーんっ!」
シャッターを開けて不機嫌そうに出てく
るオヤジ。
千堂、一所懸命オヤジに話す。
オヤジ、怒って中に引っ込む。
深々と頭を下げ懸命に懇願する千堂。
その様子を後ろからぼうっと眺めている
詠美。
オヤジ、中から袋を持って出てくる。
それを千堂に渡し熱く何かを語りながら
千堂の肩を叩いて微笑む。
店の中に帰るオヤジ。
満面の笑みで頭を下げる千堂。
その顔のまま詠美の方を見てぢまポーズ
を決める。
少し顔を赤らめる詠美、鼻の頭を軽く掻く。
× × ×
千堂(OFF)「結局、集まったのはこれだけか」
袋の中には数種の野菜と使いかけのルゥ
と魚肉ソーセージが入っている。
千堂「これじゃあ全然足りないな」
詠美「うん……」
暫しの沈黙。
詠美「(空を見上げて)あ、雨止んでる」
千堂「ホントだ」
くしゃみする詠美、そして千堂も。
顔を見合わせる二人、再び沈黙。
○ 千堂宅
やかんの乗ったストーブがこうこうと照
っている。
詠美、歩きながらタオルを肩に巻いて濡れ
た髪を両手で挟んで拭いている。
ふと千堂の机の上のやりかけの原稿が目
に付く。
散らかっている物を押し退けながら何気
なく机に向かう詠美。
ペンを手に取るとスラスラとイラストを
描き出す。
次第に顔が活き活きとしてくる。
千堂(OFF)「やっぱいい顔してんな」
過剰に驚く詠美。
玄関から牛丼の袋を片手に千堂が入って
くる。
詠美、身を正し千堂とすれ違って玄関へと
向かう。
千堂「(袋からパックの丼を取り出し)持ち合わせ
が無くてひとつしか買えんかった」
詠美「何それ」
千堂、にやりと笑って蓋を開ける。
千堂(OFF)「ぱぎゅ〜ど〜ん☆」
肉のまばらな牛丼。
詠美、それをじっと見つめる。
詠美「(靴を履きながら)そお……。じゃああたし、
もう遅いし、本当に原稿もあるから……」
千堂「あ〜、さすがにちょっち冷めちまってんな」
いそいそしくダウンを羽織ろうとする詠
美。
千堂「俺の想いも同じだ」
詠美「(ドキッとして振り向き)え?」
千堂、詠美を引き戻し椅子に座らせる。
困惑の表情を浮かべる詠美。
千堂、それを見て姿勢を正し真剣な眼差し
で詠美を見つめる。
息を呑む詠美。
千堂「この牛丼だって温かかったんだ。求めて食
べてくれる人のために、早く、安く、おいしく
調理されて」
詠美「(鼻をすすり)……だから何よ」
千堂「でもすぐに食べないとこうして冷めちまう。
んで冷めるとまずくなる、と思い込む。ところ
がどっこい、質は落ちてもうまいんだこれが」
自ら納得した様に頷く千堂。
牛丼を手に持ち詠美の目前に差し出す。
千堂「何故だか分かる?」
詠美、言葉を捜すが出てこない。
千堂に視線を戻す。
千堂「(微笑んで)まごころ込めて一所懸命に作ら
れてるからさ。俺はそう信じてる」
じっと千堂を見つめる詠美。
千堂「だからな、詠美。間の抜けた感じがするけ
ど、俺の心はこの牛丼と同じなんだよ。詠美が、
その……」
千堂(OFF)「どうして俺を避けるのかは分から
ないけど」
目を伏せる詠美。
千堂、詠美の座っている椅子をくるりと机
に向かわす。
千堂「俺が詠美を想う心は紛れもなく、詠美の少
し不器用だけどまごころのこもった一所懸命
な想いが育んでくれたものなんだ」
千堂のイラストに呼応しているかの様な
詠美のイラスト。
どちらも活き活きとしている。
少し晴れた顔を上げる詠美。
詠美「和樹……」
詠美の背中越しに顔を覗き込む千堂。
千堂「だから冷めてようがヒートしてようが、俺
の想いは確かなままだ」
見つめ合う二人。
千堂「(満面の笑みを浮かべ)単純に、詠美が好き。
大切にしたい」
ハッとする詠美、涙を浮かべる。
ゆっくりと顔を近づけ合う二人。
が、寸前の所で千堂の腹が鳴る。
詠美「ちょ、ちょっとお!」
千堂「(へたり込んで)だ〜めだ、我慢できなかっ
た……」
詠美「もぉ〜っ、だいなしじゃない!」
千堂、スッと詠美の鼻元へ牛丼を近づける。
千堂「食わんなら俺が全部食うけど?」
詠美「(食い入る様に見つめ)ふみゅ……」
生唾を飲む詠美、腹が鳴る。
詠美「(顔を赤らめ鼻の頭を掻き)は、半分こだか
んね」
微笑む千堂。
微笑む詠美。
詠美M『冷たさの中に温もりを感じる。いつも和
樹があたしに対してしてくれてたこと』
ひとつの丼をつつき合う二人。
詠美M『それにちゃんと気付けたあたしも、ちょ
っと大人になれたかな。だから……』
肉と飯の配分で少しもめる。
詠美に丼ごと取られる千堂。
詠美M『よくわかんないけど……』
奪い返そうとする千堂。
かっ込んで食べる詠美。
詠美M『逃げるのを、やめる』
二人ともどことなく笑顔だ。
× × ×
空っぽの丼。
詠美(OFF)「ごめんね、和樹」
千堂「(面食らって)へ?」
詠美「(はにかんで)あたし、他人に優しくされた
ことなんてあんまし無いから、どう愛されれば
いいかなんて分からなくって……」
千堂「(片付けながら)愛され方なんて誰にも分か
らないよ。ただ自分の気持ちに素直でいられる
かどうかさ」
詠美「(微笑んで立ち上がり)……うん」
丼を運び、千堂に手渡す詠美。
千堂「だって、詠美は考えてくれた結果ここにい
るんだろ?」
顔を赤らめ視線を反らす詠美。
千堂「(眉をひそめて)どうなんだ!」
詠美「(真っ赤になり鼻の頭を掻いて)うん……そ
う…かも……いや、違う。あたし…あたしは…
…(力強く千堂を見つめ)ここにいたかった
の! あんたと…ずっと……」
涙目の詠美。
千堂、微笑んで詠美の頭を撫でる。
千堂「詠美の手料理食べそこなったけど、絶対お
いしかったよ」
詠美「あ、当たり前でしょお!」
詠美、笑みがこぼれそうになるが千堂の手
を突っぱねて離れる。
苦笑いの千堂。
千堂に背を向けた状態のままじわじわと
満面の笑みになっていく詠美。
が、すぐに平然とした顔になりスッと息を
吸う。
詠美「ムカツクわ」
手を止めて詠美の方を見る千堂。
詠美「(吐き捨てる様に)あんたとこうしていると、
不覚にも幸せを感じてしまうのよ」
千堂「(にやりとして)お、もしかして俺、告られ
てんのか?」
詠美、ツンとして千堂を一瞥する。
詠美「フン! シャワー借りるわよ」
千堂「ああ、どうぞどうぞ」
シャワールームに入って行く詠美。
再び片付け始める千堂。
千堂「(勢い良く振り返って)ええっ!?」
シャワーから水の出ている音がする。
千堂、詠美の入浴シーンを妄想する。
固まる千堂、赤面する。
ピーッ鳴るやかんの笛(?)
ハッとする千堂。
その笛の蓋を開け音を止める。
溜め息をつく千堂、部屋を見渡す。
幾らか小綺麗になった部屋。
が、足元に鍋と割れた皿がまだ少し散らば
っている。
細かい破片を拾う千堂。
鍋に残っているシチューが目に留まる。
千堂「手料理かぁ……」
千堂、おもむろにそれを指ですくってその
まま口へ。
千堂「(シリアスな顔になり)!」
一気に血の気が下がり、顔が崩れる。
千堂「(苦しみもがきながら)ぶえうまい……」
詠美(OFF)「ちょっとお!」
千堂、声の方を向くと今度は一気に血の気
が上がる。
目前にはバスタオルを体に巻いた詠美の
姿。
鼻のばんそうこうは剥がされていて、擦り
傷が赤く見えている。
詠美「(かがんで耳に掛かる髪をかき上げて)あた
しが片付けるからいいよ」
千堂「(動転して)いやっ……かっ…」
破片で指を切る千堂。
千堂「いつっ……!」
詠美「ほらあ!」
詠美、千堂の切った指を取り、舐める。
息を呑む千堂。
詠美「(顔を赤らめ鼻の傷を掻きながら)あ、あた
しのも新しいばんそーこーちょうだい」
千堂「あ、ああ」
立ち上がって戸棚に手を伸ばす千堂。
が、床のシチューに足を取られて転んでし
まう。
千堂「うわっ」
詠美(OFF)「きゃあっ」
転んだ振動でやかんの笛の蓋が閉まる。
徐々に鳴き出すやかんの笛。
千堂「な、なんてお約束なことほっ……!?」
詠美にのしかかっている千堂。
その手は軽く詠美の胸に沈んでいる。
少し息が早い詠美、瞳は虚ろに宙を見てい
る。
二人の鼓動が早まる。
千堂「ご、ごめ……!」
千堂、その手をどけようとするが詠美にそ
の手を掴まれてグッと胸に押し付けられ
る。
鳴り響くやかんの笛。
完全に頭に血が昇り体が火照る二人。
息が荒くなってくる。
千堂「え、詠美……!」
詠美「(瞳を潤ませ)あたし、和樹のかのじょだも
ん」
見つめ合う二人。
千堂、もう片方の手で詠美の湿った髪をか
き上げて額と額とをつける。
千堂から流れる汗が詠美にゆっくりと伝
わっていく。
スッと目を閉じお互いの吐息が混じり合
うほど口元が近付いた、その時!
ガチャッとドアの開く音がする。
二人「え?」
音の方に素早く顔を向ける二人。
そこには肩に積もった雪を払っている猪
名川由宇(21)の姿がある。
三人「あ」
固まる三人、暫しの沈黙。
由宇「(シュピッと手を掲げ)まいど」
やかんの笛が萎えて消える。
また沈黙。
が、騒がしく由宇の後からどんどんと人が
流れ込んでくる。
瑞希「はぁ〜……何でいつも由宇が来るとちゃん
と雨とか雪とか降るかなぁ」
千紗「恒例行事みたいなものですね☆」
玲子「ふぁーあったか〜い! やっぱ部屋でゲー
ムが一番だね〜」
すばる「それは違いますの玲子さん。冬は一番の
修行シーズン! 心頭滅却すれば火もまた涼
し、その逆も然りですの☆」
九品仏「(パーティーグッズを身に纏い)皆の者、
いつまでも浮かれてる場合ではないぞ! 聖
戦は目前だ。しまっていこーっ!」
等といつもの一団。
二人に気付かずに騒ぎまくっている。
固まったままの由宇。
皆に気付かれぬ様その場を去ろうとする
千堂と詠美。
彩「(口に手を当て)あ!」
九品仏「どうしたシスター。柄にもない声を上げ
て」
彩、目を伏せてゆっくりと二人の方を指差
す。
九品仏「なんだ? そんな見てはいけないような
ものがここにあると……」
指差す方へと顔を向ける九品仏。
二人を見て沈黙。
他の一同もそれを見て沈黙。
ぎくりとする二人。
そっと振り返る。
全員「あ」
その時、詠美の巻いていたバスタオルがす
るりと落ちる。
とっさにかばおうとする千堂、勢い余って
詠美の胸を鷲掴む。
全員「あ」
唖然とする一同、暫しの沈黙。
詠美「(ヤケ気味に)まいど!」
一瞬間があって一気に罵声を浴びせ始め
る一同。
瑞希「フケツフケツフケツフケツフーケーツー
ッ!」
千紗「にゃああ〜、お兄さん……」
玲子「にゃははーっ☆ 千堂くんも詠美ちゃんも
や〜るね〜」
すばる「ぱぎゅうっ! 人の道を踏み外してます
わ! 清き交際はまず交換日記からですのっ」
九品仏「フハハハハハ! 色で敵を手なずけてし
まうとはさすがだまいっぶらっざ!」
彩「最低です……」
などなど、容赦なく続く。
魂が抜けて抜け殻の二人。
次第に目に涙を溜めて嗚咽を漏らし始め
る詠美。
○ 千堂宅・外観
詠美(OFF)「むかつくむかつくちょおむかつく
ーっ! ふみゅみゅーん!」
しんしんと降る雪。
虚しくこだましていく詠美の悲痛な叫び
声。
○ 商店街通り
街灯の下で光に照らされている雪割りの
花。
その横にはあの紙切れが雪の間から覗い
ている。
レシピの材料がイラスト付きでかわいく
書いてある。
その最後の欄には『愛じょお』と書かれて
消されている文字がある。
○ イベント会場・外観(一年後・夕方)
T『一年後、現在』
戦利品を持ってほくほくとして帰ってい
くオタク達。
○ 牛丼屋『す野屋(仮)』
まばらに席が空いている。
自動ドアが開く。
店員「いらっしゃいま……!?」
笑顔だが大荷物でどこか闇のオーラを発
している集団が入ってくる。
由宇「どーや、今日も完売やでぇ☆」
すばる「牛丼でお祝いですの☆」
瑞希「まったく、またあんなことして……南さん
を困らせるんじゃないの! 本当に出停喰ら
うわよ」
玲子「にゃはは☆ 今日は一段と激しかったから
ね〜」
等とまァいつもの一団。
詠美も入ってくる。
それに遅れて千堂と九品仏、猫彩が入って
くる。
詠美の隣に座る千堂。
決して顔を見合わせない二人。
暫しの沈黙。
騒ぎまくる一団。
店員が水を持ってやってくる。
店員「ご注文の方お決まりでしたら……」
二人「(遮る様に)並、つゆだく、ねぎだくで」
そそくさと次へ回る店員。
詠美「バカのひとつ覚えね。いっつも変わらない
めにゅー」
千堂「人のこと云えんのかよ。てか俺が教えたん
だぞ、ねぎだく……」
詠美「(肘をついて)味もたんちょー」
千堂「(溜め息を吐きながら)変わらないのがいい
んじゃねえか。ま、そういうことは料理のひと
つでもまともに作れる様になってから云うん
だな。(嫌みったらしく)嫁の貰い手も無ぇ」
詠美「……サイテー」
一団の方に丼が運ばれて行く。
更にはしゃぐ一団。
水を飲む詠美と千堂。
詠美、溜め息ひとつ。
詠美「(足をぶらつかせ)結局あたしには同人誌し
かないのかな」
千堂、詠美を横目でチラリと見る。
千堂「(伸びをしながら)ま、あと俺がいるんだか
ら、それでいんじゃね?」
詠美「(鼻で笑い)何それ」
同じ様な格好して座る二人、目が泳いでい
る。
詠美「(鼻の頭を掻きながら)ばっっっかじゃない
の?」
暫しの沈黙。
詠美、千堂の肩にコツンと頭を寄せる。
店員(OFF)「へいおまち」
あつあつの牛丼が湯気をたてている。
T『この二人、恋しちゃってます。』
END
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